留学者の声(希望者のみ掲載致して居ります)
このコーナーでは、スペイン留学館より留学された方の感想や、報道等で取り上げていただいた留学生を紹介いたします。

サッカー:内田将志君 特設ページへ  
サッカー:宮川 類君  特設ページへ「得点王&最優秀選手に!」 2008年1月7日 山梨放送 放映
2010年7月16日 テレビ東京 放映
サッカー:藤村 皓君 特設ページへ  
サッカー:佐藤泰我君  特設ページへ 2012年6月17日 フジテレビ放映
サッカー:上田悠人君 特設ページへ  
サッカー:石黒力蔵君 特設ページへ  
雑誌「宝島」 ≪本場スペインへのサッカー留学の道≫  
テニス:飯島翔武君 特設ページへ  
MVPに輝く“TAIGA”FMアップルウエーブ出演
「再生ボタン」クリックで、"TAIGA"出演のFM番組を聴く事が出来ます。




2012年アトレティコマドリード・サマースクール参加者の感想文をご紹介します。

千葉県 渡辺飛翔君
サッカー留学アトレチコサマースクール
留学期間 4週間
年齢 10才
留学期間 2012年6月30日〜


東京都 丹治康貴君
サッカー留学アトレチコサマースクール
留学期間 2週間
年齢 11才
留学期間 2011年7月14日〜

2012年8月4日〜(UE RUBI バルセロナ)に短期留学なさった長野県 桑原正史様(25才)の感想文です。

2011年アトレティコのセレクションに合格!見事バルセロナで100年の伝統を持つジュピテルに入団!佐藤泰我君の特設ページはこちら

2011年アトレティコ・マドリード・サマースクール参加者の感想文です。

2011アトレティコ・サマースクール特集はこちら
兵庫県 吉村慎太郎君
サッカー留学アトレチコサマースクール
留学期間 4週間
年齢 10才
留学期間 2011年7月2日〜

埼玉県 上田悠人君
サッカー留学アトレチコサマースクール
留学期間 4週間
年齢 11才
留学期間 2011年7月2日〜

青森県 佐藤泰我君
サッカー留学アトレチコサマースクール
留学期間 4週間
年齢 13才
留学期間 2011年7月2日〜

今年のアトレチコ・マドリードのサマースクール(セレクション付)で幸運をゲットした野島快王君が見事バルサに入団!その練習風景です。

2010年のアトレチコ・マドリードのサマースクール(セレクション付)に参加した野島快王君が見事バルサに入団しました。

山梨県 加賀美右京君
サッカー留学アトレチコサマースクール
留学期間 4週間
年齢 10才
留学期間 2010年6月26日〜
2010年アトレチコマドリードのサマースクールに参加した宮川類君の後輩の南アルプス市の「加賀美右京君」の感想文です。10才の「加賀美右京君」は6月10日に渡西して宮川類君の家にお世話になり宮川類君と共にトレーニングを重ねて6月26日〜7月24日迄の1ヶ月アトレチコマドリードのサマースクールに参加して大きな収穫と共に無事に帰国されました。
詳細な写真は宮川類君の特設ページにもご紹介しております。

山梨県 中込直也君
サッカー留学アトレチコサマースクール
留学期間 4週間
年齢 15才
留学期間 2009年6月28日〜

香川県 杉田龍哉君
サッカー留学アトレチコサマースクール
留学期間 4週間

年齢 12才

留学期間 2009年6月28日〜

東京都 今井渓杜君
サッカー留学アトレチコサマースクール
留学期間 4週間
年齢 9才
留学期間 2009年6月28日〜

東京都 鈴木良太君
サッカー留学アトレチコサマースクール
留学期間 4週間
年齢 8才
留学期間 2009年6月28日〜

東京都 K.O君
サッカー留学
留学期間 4週間
年齢 15歳
留学期間 2009年3月1日〜

《感想文》
 約1ヶ月スペインでサッカーをして一番感じたことは、厳しい練習だが、その中に楽しさがあるということ、日本の練習は厳しさしかないと思います。
サッカーを始めた頃、すごく楽しいという気持ちを誰もが持っていたと思います。しかし、その気持ちが日本ではどんどん歳が上がるにつれて『つらい』『楽しくない』といった気持ちになる人が多いです。
でもスペインでは楽しいという気持ちを忘れずにやっているので、僕は本当に楽しくサッカーに取り組むことが出来ました。
 この楽しさを持っているか、持っていないかということが、日本と世界との差をうめるのに重要なポイントなのではないかと感じさせられました。
 それから、スペインに留学して遠慮せずに積極的にプレーする、サッカーは楽しいという気持ちを持ってプレーする、この二つのことを心に、高校サッカーに活かして行きたいと思っています。
 そして必ず、卒業後、スペインにチャレンジし、スペインでプレーすると、自分に誓っています。(正直なところ今すぐにでもスペインに戻ってサッカーをしたいです。)
  最後にお世話になりました、ロドリー、ロベルト、内田さん将志君、類君、チームのみんな、本当にありがとうございました。


京都府 S.I君
フットサルコーチ留学
留学期間 4週間
年齢 21歳
留学期間 2007年8月10日〜

《感想文》
 フットサルのコーチングの勉強をしたいという思いから、世界一の国であるスペインへの留学を決意しました。今回お世話になったベニカルロでは、練習方法や試合などを見ることができ、非常に勉強になりました。また、フットサルに対する考え方という点でも大きな影響を受けました。この経験を活かし、今後もフットサルに取り組んでいきたいと思います。
 今回の留学では、原田さん、堀田さん、留学館の皆様に大変お世話になりました。現地でも、堀田さんのサポートのお陰でスムーズに行くことができました。ありがとうございました。


埼玉県 S.I君
テニス留学
留学期間 4週間
年齢 12歳
留学期間 2007年6月30日〜

《感想文》
 現地で毎日つけていた日記から抜粋いたします。
 7月1日、今日からスペイン留学の1日目が始まった。皆、スペインの人で自分だけが別の国の人だった。明日から練習だ。緊張もするけど、早くテニスがしたい。今日、いきなり卓球しようと誘われた。スペインの人はfriendlyだと思った。明日は、コンペティションクラスでやっていけるかのテスト。死ぬ気でがんばるぞ!
 7月2日、とうとう今日から練習だ。最初はランニングだった。何周も何周も砂の道を走ったので、けっこうきつかった。次にコーチとプライベートレッスンをした。アドバイスは少なかったけど、色々やってくれた。今日、スペインで感じたことは、よく話かけてくることと、異常に暑いことだった。(最高気温40℃)
 7月4日、昨日シップを貼って、ストレッチをたくさんして寝たのに筋肉痛で足が上がらなかった。今日は、クレーで練習した。スペインの人と昼休みに卓球をした。この日を通して、スペインの人と会うたびに声をかけられる。食事の時にも一緒にしゃべった。来週は、試合だ!!たのしみだなぁ。
 7月6日、今日は誰かの誕生日で、夜、皆盛り上がってました。プールにほとんどの人が落とされていておもしろかった。ケーキも食べられて今日は最高だ!
 7月12日、今日は、マリア・シャラポワのいとこと試合しました.6-3で勝ちました。あこがれのフェレーロの練習しているところを見れたのでよかった。
 7月17日、今日はジムで色々なマシンを使いました。ダンベルみたいなもので20kgまで持ち上げられました。新しいルームメイトはイタリア人で14才。もうけっこうしゃべっています。もっと友達を作れるといいです。
 7月27日、今日最後の夜にきたフェレーロに会うことができて本当にうれしかったです。友達ともさよならをしました。本当にこのスクールに来れてよかったです。ここに無理して連れて来てくれた、おとうさん、おかあさん、本当にありがとう!
 スペインのおとうさん、堀田さん!お世話になりました。アスタプロント!


神奈川県 J.K君
フットサル留学
留学期間 4週間
年齢 23歳
留学期間 2006年4月3日〜
《感想文》
 堀田様原田様
 この度は貴重な体験までのご指導有難うございました!フィジカルコーチの研修というかたちでの留学でしたが、トレーニング以外にもチームの成り立ち方・チームと地元地域との関係など、日本フットサル界がこれから目指さなければならない環境は抜群の最適の研修先だったと思います。この貴重な体験を是非ともロンドリーナで活かしチームの日本一、そして来年からの日本リーグへと活かしていきたいと思っております!有難うございました!

島根県 S.D君
サッカー留学
留学期間 2週間
年齢 17歳
留学期間 2006年3月18日〜
《感想文》
 今回は、とても貴重でこれからの人生で絶対プラスになるような体験ができて、とてもうれしかったです。
 スペインでの2週間は、とても濃くて短い、あっという間の2週間でした。毎日が充実していて、ずっとスペインに残りたいと思いました。
 そう思えたのは、スペインの人々が、とても温かくて親切だったからです。
 だけど、一番の理由は、やっぱりアトレティコでの練習がとても楽しかったからです。アトレティコユースのみんなは、本当にサッカーに対して本気で熱く、サッカーを愛していると思ったし、サッカーを楽しんでいました。おふざけの中での楽しさではなく、厳しい闘いの中で一つ一つのプレーを楽しんでいるように感じました。
 だから、一つのミスを許さないし、いいプレーをしたらみんなで心からほめてくれるし、勝ったら本当に喜ぶし、負ければ悔しがり方がハンパじゃない。そんな環境でプレーすれば、絶対うまく強くなれます。2週間しかいられなかったけど、確実にうまくなったと思います。技術よりも、意識、心が変わったと思います。本当にまだスペインに残っていたかったです。
 今回、スペインサッカーに触れて、サッカーってやっぱりすごいなと感じました。言葉が通じなくても、ボール一つあれば相手のやりたいことが判るし、仲間だって作れる。野球やバレーなどは、チーム内で合図があったりして、言葉がある程度必要です。でも、サッカーは、ボールにメッセージを込めれば十分プレーできる。
 サッカーって本当に最高です。

 最後になりましたが、今回の留学では、現地でとても温かく見守ってくださった堀田さんをはじめ、原田さん、家族、周りの人、皆さんに感謝しています。ありがとうございました。


神奈川県 A.Sさん
フラメンコ留学
留学期間 4週間
年齢 26歳
留学期間 2006年3月13日〜
《感想文》
ヘレス留学を終えて

 マドリッドで堀田様に送迎頂いた後、ヘレスでの一人暮しがはじまりました。
 といっても、アパートが日本人のフラメンコ留学生向けのものだったので、はじめのヘレス・フェスティバルの期間は10人ほどで生活し、その後3カ月間はもう一人の友達と二人暮らしをしていました(キッチンのみ共同、その他別室)。
 ヘレスに着いて初めの3日間は一人だったのですが、やはり慣れていないスペイン語に拒絶反応が出て、街を少し観光するだけで精神的に参ってしまい、アパートにこもって日本の友達に寂しく手紙を書く日々を送りました(笑)。
でも、フェスティバルがはじまり、気も紛れてきて、徐々にヘレスの生活にも慣れてきました。そして何より、食べ物がおいしく、毎日食べることが楽しかったです。日本にある食材はほぼスーパーや市場で購入でき、自炊にも全く困りませんでしたし、日本食が恋しくなることもありませんでした。ジャガイモなど、1キロで1.2ユーロなのに2キロだと90セントだったりして、面白いなぁと思いました(味は日本のものよりおいしかったです)。
 さて、フェスティバルも終わり、いよいよ契約のレッスンが始まりました。
実は私、エル・ピパという芸術家をよく知らず、フェスティバル期間の劇場で初めて踊りを見ました。その時は、とても落ち着いた重い感じの踊り方だったので、若手と言っても40代くらいだろうと思いながらスタジオに行き、そこで会った若い男性に“Soy Antonio. Como te llamas?”と聞かれた時に、スタジオを管理している人か、一緒に参加してくれるギターさんかカンテさんかなぁと思ってしまったほどでした。「まぁ、座りなさい」と言われしばらくしてから、アントニオということは、この人が先生か!?と気付きました。 でも、スペイン語の能力も乏しい私はそんな驚きを会話することもできず、静かにレッスンに入っていきました。
 スペインではブラソや回転、サパテアードを永遠一時間やったりするよ、と話を聞いていたのですが、先生のレッスンはそんなことは全くありませんでした。これは私のレベルが低すぎて、そんなにやっても仕方がないと思われたからかもしれませんが・・・。
腕や足の動かし方や音の質についてなど細かく指摘されるかと思ったのですが、そういう方向はなく、その代わり、姿勢や雰囲気の出し方や視線をよく注意されました。これは、「僕は先生ではない。アーティストなんだ。」という先生の言葉に表れていると思いました。
舞台に立って表現する時、派手な技術は必要ない。大事なのは空気と何かを伝える心だということです。しかしこれは私の短い生涯でずっと苦労してきたことで(色々な習い事をやってきた中で)、やはりフラメンコでもひっかかってしまいました。。。つたないスペイン語で、できない、難しい、を繰り返し、なんで難しいんだ?こうやればいいんだよ。という先生と問答を続けながらのレッスンでした。でも、先生はとても親切で、私がわからないスペイン語を辞書で調べる度に待ってくれたり、たどたどしいスペイン語を理解してくれようとしたり、フラメンコのレッスンはもとより、そういった苦労もかけてしまい、超有名なアーティストに対して申し訳なかったと思いつつ、感謝の気持ちでいっぱいです。
 このような感じで、一時間のレッスンと四時間の自習練をする毎日を送りました。
 スペインの生活で唯一不平を言うとすると、シエスタがあるのと土曜の午後〜日曜がお店が閉まることでした(これが一番代表的なスペインではあるのですが(笑))。ちょうど時間が空いているから買い物でも!と思ったら、シエスタ。。。また、休日も、常に出かけたり何かしら動いていないと落ち着かない私にとって、日曜日に全てが閉まっているというのは信じがたいことでした。仕方なく、よく大家さんの家にお邪魔したのですが(親戚が毎週集まっていました)、皆に日曜日って何もすることないけど、どうしてるの?と聞いたら、本を読んだりテレビを見たり、こうやって集まったり、ただのんびり休むのよ。と言われて苦笑するしかありませんでした。
 本場スペインに行って生活しても、大物アーティストにフラメンコを習っても、スペイン人になることはできません。バルでシェリー酒を飲んでいても、気軽にカフェ・コン・レチェを頼めるようになっても、何か自分から醸し出される雰囲気が違うのです。これは他の日本人を見かけてもそう思います。はじめの方はがむしゃらに毎日を過ごしていましたが、生活に慣れ、レッスンを重ねるにつれて、そんな現実も見えてきました。これに気付いたときはしばし悩んだりもしましたが、でも、バルで飲むカフェはおいしいし、近所のおばさんと挨拶を交わすだけでなんだかうれしいし、またスペインに来たいと思ってしまうのです。 自分に自信を持って堂々と生きているスペイン人をみて、多少私も自分に自信が持てるようになったのかもしれません。日本人としての生まれ持った感覚や、今までの人生経験を振り返って、持っている引出しをフル活用したら、自分が納得のいく何かが生まれるのではないかという気持ちになってきました。
 実は、この留学を最期に、フラメンコをやめようと思っていました。芸術は終わりのないものだし、例えば日本舞踊などを学ぶならともかく、他の国の文化・芸術を表現するのは、もう一つも二つも大きな壁を乗り越えなくてはいけないし、限りのない、無意味なもののような気がしたからです。でも、日本ではなぜか多くのフラメンコ・ダンサーがいるし、多くの人がフラメンコを習っていると聞きます。楽しいから?好きだから?答えはわからないのですが、私も細かいことは考えず(スペイン人のように)、ただやりたいからやればいいんだ、と思い、もうしばらく自分を試してみようと思っています。
 私はフラメンコのリズムとアドリブ感覚が好きです。なので、カンテとギターとカホンとバイレが絶妙に合ったとき、見ていて一番楽しいです。これからはそういう路線を重視しつつ、自分のフラメンコを見つけていけたらと思います。


埼玉県 J.K様
フラメンコ留学
留学期間 2週間
年齢 48歳
2005年11月19日〜
《感想文》
 憧れの町、ヘレス。マドリーから列車に乗り、フロンテーラに到着。ギターを担ぎ、ゆっくりと改札を出る。時刻はシィェスタの真っ只中、人影もまばら。待合室でタバコを燻らせる。
 ふと、駅の外の雰囲気が変わり、急ぎ駅の外に出ると、あっ、、MORAITOだ。洒落たサングラスをしたMORAITOがこっちの方を見て手を振っている。まるで夢の中、思わず後ろを振り返り、迎えに来てくれたことを再確認してしまう。
車のトランクの中の、お孫さんのオモチャを一緒に片付け、荷物を積みこみ、サンチャゴに向かう。
 車中のMORAITOは、ハスキーな魅力的な声で、いろいろ教えてくれる。『この看板のある建物は歴史的なギタリストがいた家。右の建物は、子供の頃に父親と住んでた家。そして今の二番目の家。』滞在中、車に乗せてもらう度に、シェリー工場やフラメンコ仲間が集まるところを見せてくれた。
 初回のレッスン開始。ドキドキしながら、ギターの調音、いきなりMORAITOが弾きだす。うわーっ、、、、、、本物の音、僕にとって最高の音、雲の上の人が目の前で弾いている。これを聞くために、肌で感じるためにヘレスに行った。
教え方も抜群、『今、速く弾けなくてもいい、出来てるから、ゆっくり落ち着いて練習しろ』何度も、目からウロコが落ち、今までの自分が思うものが崩れた。これが本物だ。
ペーニャ、バル、MORAITOの自宅、いろいろな場所でレッスンをして頂いた。息子のディエゴにも教わった、彼のシギリィジャが、すごく良かった。ヘレスの昔の音の流れ、MORAITOの父親、叔父、MORAITO本人のさまざまなファルセータ、ファミリーになる大切なものを授けてくれた。MORAITOの自宅では、スタミナがつくぞと、お茶を入れてくれたりもした、おいしかった。不思議に日本語より、スペイン語での話しや説明が、よく解った。
 よく行ったパウラのペーニャで『ここはヘレスの君の家だよ』。バルではMORAITOと、お揃いの品物を貰った。MORAITOからは、『必ずまた来い、待っている』。すべてがとても温かく、生活そのものが、フラメンコだった。
この体験は一生の宝物。
机に飾ってあるマエストロと二人で写っている写真を見たり、CD、MD等を聞くたびに、まるで昨日のことのように思い出がよみがえる。本当に良い体験をさせて頂いた。
 最後になりましたが、留学を助けていただいた皆様に、深く感謝しております。遅筆になりましたことをお詫び申し上げます。

大阪府 M.I様
フットサル留学
留学期間 4週間
年齢 20歳
2005年2月12日〜